屋敷の入り口の方が騒がしくなった。乱闘による罵声や物音が伝わってくる。屋敷の使用人たちの怒号や女たちの悲鳴が聞こえてきた。アンテュルスの配下の者が、やはり潜んでいたのだ。だが。
「退け!!
私の前に立つ者は容赦せぬ!!」
知った声が聞こえた。屋敷には巨漢の用心棒が雇われていたが、クラウディウス家の私兵は難なく入ってきた。賊と一緒くたにされた用心棒も哀れだが、区別する間はなかったのだろう。そしてアンテュルスの配下の、武器を持った男たちが入り込んでいたのと戦闘になった。
武装した男たちが二人、部屋に飛び込んできた。それを追って剣を帯びた血まみれの少年が現れた。人質にとられそうになり、悲鳴をあげるユリアの目の前で、ティベリウスは剣を払い、賊をなぎ伏せた。
アポロの如き体躯にマルスのような猛々しさ。そしてプルートゥスの如き残酷さで人を裁くのが、ティベリウスだった。
斬り捨てた男を踏み越え、ティベリウスはアンテュルスに剣を向けた。
「そこな賊に告ぐ!!
この館周辺は我が手がおさえた。逃げる途はないと知れ。速やかに伏し、法の裁きに従うがよい!!」
王子たちに自分の背後にまわるように指示すると、ティベリウスはアンテュルスを睥睨した。
「ティベリウス・クラウディウス・ネロか」
ユルスとティベリウスに挟まれた形になったアンテュルスが呟いた。ティベリウスは男を見据えた。
「ほう。名乗る手間が省けて助かる」
ティベリウス・クラウディウス・ネロ、ローマきっての名門クラウディウス一門の出である。たまたま母親の再婚で、アウグストゥスの義理の息子の立場にはいるが、それがなくとも伝統ある共和政時代を支えてきた名家の家督を継ぐ少年である。
「お前とて、オクタウィアヌスの治世に不満があるのではないのか?」
アウグストゥスを官職でも尊称でもなく名を呼び捨てたことで、男はさらにティベリウスの怒りを買った。
「私がローマを害する輩に迎合すると、見なされるとは」
ティベリウスは、大きく息を吐いた。激昂を抑えていたのである。
実母リウィアを軽蔑する反動だろうか。ティベリウスは義父アウグストゥスを崇拝した。実父は名門の出だが、それだけの男だった。代わりにアウグストゥスにローマ人のあるべき姿を求めた。アウグストゥスに対して誹謗や謀叛などあろうものなら我がことのように激怒し、逆にアウグストゥスがそれをなだめるという光景が見られたほどである。
「私も高く評価されたものだな!!」
確かに彼は、旧体制派の旗手として掲げられるにふさわしい立場にあった。義理の父親との仲を知り、同情を示しつつ利用してやろうと思う輩もいる。
だがヌミディアのマシュリー王家の出であるよりも、ローマ市民であることを気に入っていたユバ王子と同様、ティベリウスはクラウディウスの血筋を誇りに思いつつも、やはり少年らしい純粋さで、アウグストゥスに心酔していた。
「ユルス!」
白い顔を紅潮させ、ティベリウスはユルスに、剣を投げつけて命じた。
「こやつの始末は任せる。殺せ!!」
仰天したのは王子である。
「ティベリウス!
彼は、ユルスの肉親なのだぞ!?」
ユルスにとってアンテュルスは、かけがえのない家族のはずだった。
ティベリウスの眼が見開かれ、声が気のふれた女のようにうわずった。
「だから!?」
王子は言葉を失った。彼にも弟がいるのだ。
「クレオパトラの居場所は判明した。私はそちらに急ぐ」
ユルス・アントニウスは承知したようにうなずいた。
「行け。クレオパトラを頼む」
「いけません。ユルス。アンテュルスはあなたの兄なのよ! アントニウス家の者なのよ!」
クラウディアがすがるように叫んだが、ユルスはそれを無造作に押しやった。固く決意したように、剣を握りしめる。ティベリウスは命じて配下を何人か残した。
「ユルス……!」
クラウディアが嘆願する。ティベリウスは彼女を虚飾を好む下賎な女と見なし、露骨に蔑む表情をして背を向け、罵倒の言葉すらかけなかった。
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