BC.27 4

 新たな訪問者が現れ、セレネの書物を取り上げた。アフリカ出身のユバだ。出自はセレネと同じくローマに反抗した王族の遺族である。ローマ人と変わらぬ格好をしているが、その風貌にはぬぐえぬ違和感がある。いくら学問を究めてもしょせんは蛮族、バルバロイでしかなかった。
 だがユバがセレネに微笑みながら流れるように文面を読み出した声音は、心地よかった。目を閉じて聞くのならばその発音はローマ人と、それどころかギリシア人ともなんらかわりもなく、落ち着いた青年の声のそれだった。ユバは案外、良い声をしている。
 ちんぷんかんぷんな顔をしている小アントニアは別の物語がいいと言い出し、「眠くなるからやめろ」とユルスに言われて、ユバは首をすくめた。
 ユバは書物をセレネに返して立ちあがった。セレネは黙って受け取り、読む気が失せたのかしまうことにした。何か声をかけながら、ユバに子供のように頭を撫でられた為か、セレネは少し不機嫌そうな顔をしていた。
「…………」
 早口で、セレネが何か呟いた。ユルスはきょとんとしたが、特に聞きただしはしなかった。聞き取れたユバが、くすりと笑ってギリシア語で応じた。
「私にとってはね」
「無礼な方」
 周囲はギリシア語がわからないと思っているのか、二人は視線を合わせずに小声で会話をしているので独り言のようだが、立腹しているセレネを、ユバがいなしている。
「子供扱いしないで下さいまし」
 セレネがつんとそっぽを向く。
「それは失敬した」
 ユバは笑って去り、オクタウィアに挨拶を済ませた後に戻ってきた。それから他に招かれていた王家や族長の孤児たちとも話こんでいた。ようするに彼らはローマ人ではないため公職にもつけず、暇な立場であるのだ。 

 「こんないい香のお部屋なんて素敵! 今日は泊まっていく!」とはしゃぐユリアに、ドルススまでが同調する。調子のいい弟だ。自分からは言わないが、ユリアに便乗しているのだ。
「セレネ、今日は一緒に寝ましょう! あたし、エジプトの話やローマの感想が聞きたい! 」
「僕も聞きたい!」
「男の子は駄目っ。女の子だけよ、ねーっ!」
「なんだよ、ボナ・デアの祭じゃあるまいし」
 帰りたい。早くパラティウムに帰ってしまいたい。二人が今晩どうするかにしろ構ったことか。結論が出るまで長居をするのも億劫だ、こやつ等を置いて帰るしかない。
 セレネが戸惑った顔をしていた。
「どうして?」
 同性であれ家族であれ、直接的な好意や興味を向けられることに慣れていないのだと、本人ははっきりと口にした。
「そう? お友達なんだから、お話したいとか、もっと知りたいと思うのは当たり前のことよ」
 ユリアがにこにこと笑って、ふざけてドルススを邪険にするようにセレネを引き寄せる。
 当たり前なのか。鬱陶しいことだ。
 セレネは不思議そうな顔でユリアに抱きつかれていたが、そっとユリアの背に手を回すと、目を細めて微笑んだ。
 
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セレネのローマでの生活が楽しいといいなあと思って書いてみました。
セレネは本物のセレブなので、ローマでの庶民の生活(笑)はきっと新鮮だと思います。
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