BC.29 3

 式典のために着替えた後に自分が乗る馬の様子を見て過ごしたが、それでも出立までに時間があった。あてもなく敷地内を歩いていると、天幕の並ぶ土埃の舞う中、場違いな三人の子供の姿が目に付いた。顔も知らなかったが格好も見慣れなかった。だがそれぞれが生地の異なるアフリカやアシアの衣装をまとっていたので大方の見当はついた。異国の装束は、明らかに本日の余興の目印だった。
 こんな日にも普段着姿のユルス・アントニウスがその近くにいた。ユルスは鋭い視線を向けながら威圧感を与えていたが、忙しい周囲には明白に通行の邪魔だった。
 複雑な家系のため大雑把に姻戚にくくられる間柄ではあり、ユリウス家を縁戚に持つユルスだったが、この晴れがましい式典に参加する資格はなかった。父親がこの凱旋指揮の敵方、戦犯であったためだ。従ってこの陣営ではユルスは部外者であり、どちらかと言えば不吉な存在だった。
 外見からも充分に想像は可能だったが、ユルスがついていることで子供達の正体に確信が持てた。ユルスも含めて皆、三頭官マルクス・アントニウスの子供達だ。三人は戦争捕虜であり、国賊の子供達でもあった。ユルスと他の三人があまり似ていないのは、異母兄弟であることに加え、三人の母親が外国人、ギリシア人であるためだ。ローマ人である為にユルスがこの凱旋に参加出来ないことは逆に幸いだった。エジプト人の子供達には見世物として引き回される屈辱が待っている。
 ユルスは年齢が近いため勉学でも身体の鍛錬でも一緒にされて来たので、知人以上ではある。だが友人とは思っていない。向こうがそう言っていたし、ティベリウスにも異存はない。敬意を抱ける要素が何一つない者を友人とは呼ばないだろう。
 警戒して周囲に気を払うユルスの視線の先に気づいた三人が、暗い目をしてティベリウスを見た。親を失った動物の子供が三匹、巣からこちらを見ているようだった。三人は抱き合うように固まったまま、恐怖と不安に顔をこわばらせている。
 ユルス・アントニウスとももちろん、子供たちとも交わす言葉はなかった。ティベリウスは国賊の子供達に背を向け、無言で離れた。
 背後から、マルケルスの声が聞こえた。マルケルスは彼らの義理の兄でもあり、異国から送られて来て以降は自宅で引き取っているので親交があっても不思議でもない。時間までしばらくあるから一緒にいようと申し出て、ユルス達を移動させようとしていた。
 その場を離れたので、それ以降は知らない。
 あれが落ちぶれたエジプト王家の末裔だった。アレクサンドロス大王の武将を開祖とし、アレクサンドリアの繁栄を築いた、プトレマイオス朝の最後の世代の王族達だった。
 だがティベリウスの関心をひくものではなかった。華やかな格好はしていても、没落した王家はみすぼらしく、興味どころか憐憫にも値しなかった。その美しくもないものを敢えて眺めて喜ぶ、己の同胞たちが忌々しかった。ローマ人の好奇の、なんと下劣であることか。
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