BC.29 2

 マルスの野では、何日もかけて計画された、義父が劇的にローマに入場するための準備が行われている。民心は長く戦時にあった日常に飽き、国家という名目の犠牲に鬱屈していた。人々はこの暗澹たる時勢から解放される日を待ち焦がれていた。
 効果を計算しつくした上で、義父はローマの救世主としてフォルムへと到達することになる。ティベリウスもその際には、凱旋車を曳く四頭の馬のうちの一頭に乗る役目を負っている。反対側には義父の甥にあたるマルケルスが就くことになっていた。年も同じ甥と義理の息子が左右に並べて調和のとれた飾りにされるのだ。悪趣味なことこの上ない。
 ティベリウスがこの役を得られたことに、母はご満悦だった。未成年ながらの大役でもあるし、後継者候補として、自分の息子がマルケルスに遅れを取らずに済むためだ。血縁に強烈な執着を抱く義父と、ティベリウスが血がつながっていないことは致命的だった。
 人が妻の連れ子よりも実の姉の子を愛するのは妥当だと思うのだが、母には気に入らないらしい。ティベリウスにもっと愛想良く立ち回れとけしかけるが、媚びたくはない。義父が騎士階級であるとか、母との結婚に不満であるからではなく、根本的に人に関わることは、ひどく煩わしい。
 多忙な義父にもようやく時間がとれたのか、側近に呼ばれ、マルケルスと共に本日の主役に挨拶を済ませた。二人へまとめて言葉をかけられたが、やはり義父の視線はマルケルスに固定されていた。はきはきとマルケルスが応答をするのを見ていたが、ふいに馬鹿馬鹿しくなって義父から目をそらした。そして他方では、肉親の模範的な会話とはこんなものなのかと感心もした。自分の中にはない語彙であり、充分に敬意も払われていた。
 この世の誰にとってもティベリウスが一番になることはないという事実には慣れていた。
 ティベリウスが他人を特別に思うことがないことと、釣り合いが取れている。ティベリウスが母を特別に思っていないのだから、母が自分よりドルススを気に入っていても当然だったし、ティベリウスが義父を家族と思えないのだから、義父がティベリウスを他人と思っているのも当然なのだ。
 行って良いとの合図を受けて敬礼をしてきびすを返し、マルケルスより先に天幕を出た。厄介ごとが一つ減ったのは嬉しかった。
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このティベリウス、作者に似てると思います。自虐的というか自傷行為なのかもしれませんが、書いていてとっても楽しいです……。
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