BC.29 1

 天空では激しい風が起きているのだろう。地上は穏やかだが、仰いだ空には雲が凄い勢いで流れている。
 空気の澄んだ朝だった。晴れの日にふさわしい。
 新しいローマ、新しい時代は、こんな朝で始まるのだ。 

 凱旋式が行われる朝を、ティベリウスは静かに迎えた。凱旋将軍と共にアフリカで戦った部隊は、郊外に陣を張ったままだ。軍隊は武装を解除しなければローマ市内(ポメリウム)に入ることを禁じた規則のため、解散せずに待機状態にある。
 この式典にはティベリウスも騎馬で参加することになっている。義父とはまだ顔を合わせてはいない。会った時にはこの日を迎えるにあたっての祝辞を述べるべきなのだろうが、まだうまい言葉は思い浮かばない。
 義父とは一対一の時で対した時以外、まともに会話が出来た記憶はない。誰かがいれば必ず他者との会話が優先された。ティベリウスも義父もお互いに、うわべだけの会話をしてやりすごしてきた。もし一緒にいれば弟のドルススや義理の従兄弟のマルケルスが真っ先に義父と挨拶を交わし、スラスラと褒め称えることだろう。義父と彼らの会話に自分が入る隙はなかろうし、ティベリウス自身、会話に水をさすことが楽しいわけでもない。
 そうした様子を義父の側近達が見ていて、人々の口の端にのぼる。そしてそれを母が気にして、折にふれては説教になる。
 黙って立っているだけで、どこからか人はやってきて、ティベリウスに言いがかりをつける。敢えて目立とうものなら、何を言われることか。
 朝日を迎える中庭で立ち止まり、しばし爽やかな空気に、ひげを剃る前の頬を冷やされていた。
 前後で奴隷達が歩き回り、乳母が声をかけてくる。
 やはり緊張で早く起きられたのですか? 
 いや、別に。
 特別に思うのは全くの気のせいで、実際はがっかりするほどいつもと変わりない、ただ晴れているだけの朝だ。
 ティベリウスが何かを感じたところで、今日は昨日の続きで、今後も単調に続いていく。一日の終わりには、これまでと変わらぬ夜が訪れることだろう。いつもより複雑なことをして時間がたつのを待つ日を特別というのなら、確かに特別な日ではある。屋敷中が、ローマ中が、特別な日々が始まるのだという期待に浮わついている。
 何かを期待などしても失望するだけだ。ティベリウスはため息を吐いた。
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