女なるもの

「もうすぐパラティウムだ。早く白状しろ」
 ティベリウスの追求に、ユルスはわざと話を逸らした。お付きの奴隷たちに囲まれたユリアが怪訝そうな表情をして、私たちを見たせいもある。
「お主はカリカリしすぎる。憂さ晴らしでもおぼえたらどうだ。成人式も挙げたのだし、知っておいた方が良い場所もあるぞ」
 ユルスは全く親しくはないが、嘗ては机を並べた学友を思って言ったのだが、善意は通じなかった。ユバ王子も不愉快そうな顔をした。
「お主、女に興味はないのか? 笑っておれば、いくらでも女が言い寄って来ように」
 ティベリウスが憮然としたまま答える。
「何故女なんかを寄せつけるために笑わねばならぬのだ」
 「女なんか」という前言をティベリウスが撤回することになるのは、後に結婚して家庭を持ってからのことである。
「女なんて、世の憂いの根源だ」
 眼下に広がるローマのまちは暗く静かで、民家の灯もほんのわずか、ちらついて見えるだけである。
「愚かにも甕を開けたパンドラ。夫ある身でパリスに身を任せたヘレネ。夫の不在に男と通じ、夫を殺したクリュタイメストラ。義理の息子に懸想したファイドラー。我が子を殺すメディア」
「大げさな。神話や物語じゃないか。そこまで逆上らなくても良かろうが」
 呆れた様子でユルスが言った。
「では近くの例を挙げるか? 腹の中に赤子がいながら別の男に嫁ぐ女もいる。なに、そう昔でもないさ。今、このローマにいるぞ」
 誰を指して言ったのか、二人にも理解できた。単純で潔癖な少年らしい感性ではあるが、根の深さが感じられた。
 アウグストゥスとリウィアは、熱烈な恋愛の末に夫婦になり、一時的な浮気はあっても、アウグストゥスはリウィアだけを愛した。だが当人たちには真剣で誠実な愛であっても、子供たちにとっては事情が違う。
 離婚、再婚は珍しくはないとは言え、御子たちも多感な時期である。突如成立しては無効にもなる親子や兄弟の関係に戸惑った。
 前夫との間には二人の男児をなしていたリウィアは、アウグストゥスに嫁いで十年にもなるが、一度の流産を経てからは子宝に恵まれないでいた。リウィアが懐妊しないのは、アウグストゥスが妊娠中の人妻と結婚した天罰であるという噂がつきまとった。
 リウィアは女を選んで夫の寝所に送り込んだという。せめて他の女からとの配慮だろう。だが、それはそのまま現在のアウグストゥスの後継者候補たちの立場のもろさでもあった。
「で? 先程貴様たちの言っていた男とは誰なのだ? クレオパトラやお前に関係のある者なのだろう」
 ティベリウスは苛立たしげに話を戻した。ユルスがとぼける。
「何のことだ?」
「……覚えておけ。私にも限度がある」
 ティベリウスは言うと、話を打ち切った。
「なあに何の話? なんか今日は皆こそこそして変よ」
 ユリアがきょとんとして尋ねる。
「男同士の話だよ」
 ユルスが私を見て、「なあ」と言った。ユバ王子もティベリウスも、ユルスを不審の表情で見つめていた。

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クリュタイメストラ。
クリュタイメストラ
どっちが正しいのだろう? 好きだった小説がクリュタイムメストラだったのでそちらで覚えてたら、アイスキュロス(呉 茂一氏訳)ではクリュタイメストラでした。この方がそうだというならそうしておきます。
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