王子は像を見上げた。
「……これがクレオパトラ女王の像だ」
疲れたような表情をして呟く。目の前にある黄金のウェヌス女神像は、ギリシア人の彫刻家、アルケシラオスが制作したものだ。
公開当時はスキャンダルになった。エジプトでは王は生きているうちから神格化され、神になぞらえた姿で表されるが、ローマでは生きている人間を神のように祀ることはない。それがローマの人には不気味だったのだ。アウグストゥスはこれを廃棄しようとしたが、女王を知る資産家が金銭を出し、免除を願ったために残されたという。
女神像は同時代に生きた彫刻家がパトロンの意向で造ったものであるし、人が見て女王だと理解したのだから女王には似ているのだろう。巻き毛を垂らした女神像は、ウェヌスにしては長い鉤鼻と大きな口で美人とは言いがたいが、大きな眼には愛嬌がある。王女とはあまり似ていないが、彼女のその凛々しさは間違いなくこの母親ゆずりである。
この像が若い頃の女王を相当に美化したものだとしても、現在のオクタウィアにもかなわなかった。アントニウスが美貌で知られた正妻を捨て、さほど美人でもない女王を選んだことを、ローマの人々は不思議がった。
ユバ王子は王女の行くような場所を考えた時に、ローマで母を偲ぶことのできる唯一の場所、ウェヌス神殿を思いついたのだ。
「アポロニオス殿の死をアウグストゥスに報告するのが先だろうし、今は君たちに話を聞ける状態ではないだろう。落ちついたらでいいから話して欲しい」
王子が頭の中で別のことを考えているのは私にもわかった。
ユルスや王女の隠しているあの男と、我が師をつなぐものが、一本の線となって見える。
アレクサンドレイアである。
あの華麗な王宮で王女は育ち、我が師に教えを受けた。二人の接点はそれしかない。
クレオパトラ・セレネ王女を目指してローマにやってきた何者かが、我が師と出会ってしまった。それが悲劇の発端ではないのだろうか。だがそれを口にするのははばかられた。まさに二人の立場を危うくするものであったからである。
何かがローマで起ころうとしていた。
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